ドアを開けると・・・
===人間味===
ドアを開けると、部屋の照明は自動的に点灯した。
コー博士は、ドアを後ろ手に閉めながら、研究室の中央の手術用ベッドに目を移した。
ベッドには、裸体の女性が仰向けに寝ている。裸体といっても、毛布を一枚掛けてあるので、完全に素っ裸というわけでもない。年の頃なら二十歳そこそこの、美形の女性である。しかし、掛けてある毛布が薄手の物なので、身体の曲線がくっきりと浮き出てい、特にその豊満な胸が良く目立った。
コー博士は、ゆっくりとベッドに近づくと、その女性の頬を軽く撫でた。
(さて・・・いよいよや・・・)
感慨深げに、コー博士は思った。
その女性・・・と言っては語弊がある。ベッドに寝ているのは、実は女性の姿をしたロボットなのだ。しかも、世界でただ一体のアンドロイド。
製作者は当然、コー博士である。
コー博士は、その天才的な頭脳で独自に研究し、人類初の有機質コンピューターを開発した。アミノ酸に非常に良く似た分子を人工的に作り出し、それをコンピューターのマイクロチップの代わりに、あたかも人間の脳髄のように組み合わせたのだった。
アンドロイドの作成は、それまでにも多数の科学者によって研究されていた。
しかし、完全なアンドロイドの作成は、未だ成されてはいなかった。
その最大の問題点は、アンドロイドの『脳』に当たるコンピューターの容量であろう。
外見を人型に似せるのは、それほど難しくは無い。高性能のバッテリーと、超小型モーター。骨格はセラミックで充分だし、筋肉は人工繊維、また本物そっくりの人工皮膚などは、かなり以前から使われている。
結局は、『脳』の問題さえ解決出来れば、それまでの技術で人間と全く見分けのつかないアンドロイドが出来てしまうのだ。
それを、コー博士は解決した。
ただし、完全なアミノ酸を人工的に作ったわけではないので、分子の大きさやその相互作用の点で、本物の人間の脳髄よりもどうしても大きくなってしまう。
しかし、アンドロイドは消化器系や呼吸器系は必要無い。したがって『脳』を収納する場所は頭部に限る必要はなく、腹部や胸部にも分散させておける。
コー博士は、そうすることによって膨大な『記憶』(プログラムと言う方が適切か)をインプットしたのだが、最初に作成した男性のアンドロイドでは、どうしてもわずかに容量が足りなくなってしまう。体型を大きくすれば、その問題は解決するのだが、そうするとあまりにも身長が高くなりすぎてしまう。
コー博士の持論は、人型ロボット、つまりアンドロイドを作るのならば、人間味が無くてはならない、ということであった。ただ単に、作業の効率化や危険な仕事をさせるためのロボットならば、わざわざ人間の姿をさせる必要は無い。逆に、人間の姿をさせることは、たいていの場合、その目的の非効率化につながってしまう。
人型をとる限りは、たとえば人間の話し相手をしたり、子供のお守りをしたり、少なくともある程度の感情の表現が出来なくてはならない。泣いたり笑ったり出来なくてはならない。
それが、コー博士の言う『人間味』なのである。
そのためには、体型もそれなりに人並みでなくてはいけなかった。あまりに身長の高すぎる体型は、コー博士のイメージに合わなかったのだ。
そして、コー博士が思い付いたのが、女性のアンドロイドであった。
女性の体型ならば、胸部の容量を男性よりも大きくとることが出来、そしてそれは不自然では無い。つまり乳房の中に『脳』を収納するのだ。
そうして完成したのが、今、コー博士の目の前に横たわるアンドロイドである。
記憶の植え付けは、先ほど完了した。
名前も『エス』と名付けた。設定は、コー博士の娘としてある。
今、『エス』は人間で言うならば、寝ている状態にある。人間味を出すために、当然『寝る』というプログラムも組み込んである。
あとは『起こす』ことをしてやれば、このアンドロイド『エス』は動き出すだろう。
いよいよ、コー博士の待ち望んだその時が来たのだ。
コー博士は軽く咳払いをし、少し息を吸い込んでから、『エス』に話しかけた。
「さあ、エス。起きなさい」
しばらく間を置いてみたが、エスは動き出さない。
コー博士は、さっきよりも声を大きくして、もう一度言った。
「エス、起きなさい。お父さんだよ」
「ううーん」
エスが、反応した。しかし、少し艶っぽく身悶えしただけで、また沈黙してしまった。
三度、コー博士が声を掛けた。先ほどよりも、もう少し厳しい声で。
「エス!起きなさい!」
すると、今度はハッキリと、エスは答えた。
「ううーん。お父さん。あと5分・・・」
とりあえず、成功はしたようである。