ドアを開けると・・・
===なんてったって===


 ドアを開けると、玄関先に小包が一つ、置いてあった。
(なんだろう・・・)
 怪訝に思いながらも、スキットはそれを拾い上げ、部屋に持って入った。
 こういうときに、スキットの物怖じしない性格は役に立つ。
 一応、宛名はスキットになっているが差出人は書いていない。
(わたし宛てなんだから開けてもいいよね)
 あまり深く考えずに包みを開いてみると、中からはアラジンの魔法のランプのようなものが出てきた。
(なんなのよ、これは)
 金色に輝くそのランプを手に持って、少しの間ながめていたが、しばらくするとスキットは当然のようにランプをこすりだした。

「ボワーン」

 大量の白煙と共に、至極当然にランプの精は現れた。
「あー、ビックリした。本当に出て来るなんて・・・」
 言葉の割に、スキットはあまり驚いてはいなかった。拍子抜けしたのは、ランプの精の方であろう。何とか威厳を保とうと話し始めた。
「わしを呼び出したのはお前か。わしはランプの精。幾千年の昔、アラビアの魔法使いの手によって作られた。その魔法使いは・・・」
「そんなことはどうでもいいわよ。あなた、願い事を叶えてくれるの?」
 スキットは、ランプの精の話が長くなりそうなので、あわててそうさえぎった。
「なんだ、お前は。落ち着きの無い奴だ。そんなことでは・・・」
「解かったから!ねえ、願い事聞いてくれるの?」
 スキットの体当たりのような言葉に、さすがのランプの精もたじろいでしまった。
「う、うむ。まあ、そのために出てきたのだが・・・」
「やったー!マンモスラッピー!ねえ、ねえ!お願いは三つ出来るんでしょ。ねえ、ちょっと、聞いてるの!」
「あ、ああ。願い事は確かに三つ出来るが、しかし、ここはよーく考えるのじゃ。軽々しく言うものではないぞ。じっくりと、心を落ちつけて・・・」
「はーい!それでは、私をアイドルにして下さーい!」
「な、何?アイドルじゃと?」
「そうよ、アイドル。子供の頃からの夢だったのよ。ずーっとアイドルになりたいって思ってたの。もし、魔法使いが現れたら、絶対にこれをお願いするんだって決めてたのよ。アイドルよ。知ってる?」
「そりゃあ、まあ、知っとるが。それでは一つ目はそれで良いのじゃな?」
「そうよ。もう一度言うわ。よく聞いてね。ア・イ・ド・ル・に・し・て・く・だ・さ・い、お願いします!」
 スキットは、ランプの精に向かって手を合わせ、パンパンとかしわ手を打ち頭を下げた。
「うむ。宗派は違うがまあ良いだろう。お前をアイドルにしてやろう」
「うそ!ほんと?やったー!アイドルだ!アイドルだ!」
「それは解かったが、あと二つ、願いが残っているのはどうするんじゃ?」
「あと二つ?そんなのどうでもいいや。適当にやっといてよ」
 アイドルになれるとなって、スキットは完全に舞い上がっている。
「適当にって・・・そんな・・・なにかお願いしてくれないと、わしはこの場を去れないのじゃが・・・」
「ええ?そうなの?じゃあ、長生きでもお金でも、何でもいいわ、あと二つは」
「そんな・・・なんの考えも無しに・・・」
「いいじゃないの。長生きとお金。これでいいから、さっさと消えてよ」
 スキットはアイドルになれる嬉しさのあまり、本末転倒になっているのが解かっていないようである。
 ないがしろにされて、ランプの精はイタズラ心が頭をもたげてきた。
「ようし、解かった。長生きとお金とアイドルだな。お前のその三つの願いは必ず叶えてやろう。では、さらばだ」
 出てきたときと同じように、真っ白な煙に包まれて、ランプの精は魔法のランプと共に消え去ってしまった。
 スキットは、そのことに気付いていない様子で、部屋の中を飛び跳ねて喜んでいた。

 

 さて、それから百数十年が経ったある日、スキットの家にはテレビ局のレポーターが来ていた。その日、百五十歳の誕生日を迎えたスキットの、取材のためである。
 スキットは、あれから長生きはしたが、アイドルにもなれず、お金も、そんなに贅沢は出来ない暮らしをしていた。
(なにが魔法のランプよ。嘘つきめ。長生きしたのも、私が健康に気を付けたからじゃないの)
 そんなスキットの思いをよそに、レポーターと、なぜか十数人の子供たちが、ニコニコと笑いながらスキットを取り囲んでいる。
 オンエアーが始まり、レポーターがスキットに話し掛けて来る。
「さて、今日は世界一のご長寿、スキットおばあちゃんのお宅にお邪魔しております。スキットおばあちゃんは、何年も長寿の世界記録を保持しておりますが、これはもう世界的アイドルと言っても言い過ぎではないでしょう。ねえ、みんな?」
と、レポーターが周りの子供たちに同意を求めると、
「アイドル!」
「アイドル!」
と、子供たちも事前に打ち合わせをしていたのか、口々にそう言った。
 唖然としているスキットに気づかず、レポーターは続けた。
「そうだよねー。そして、みなさん。この子供たちが、質素な暮らしをしているスキットおばあちゃんが可哀想だと、自分たちのお小遣いを持ってきてくれました」
 そう言って、レポーターは小さな貯金箱を出してくると、スキットに手渡した。
「はい、スキットおばあちゃん。よかったねー、たくさんおこずかい貰って。大金持ちになっちゃったねー」
 スキットは、歯の無い口で、フガフガと言うしかなかった。レポーターはそのフガフガを上手く勘違いした。
「みんな、スキットおばあちゃんが、ありがとうって言ってるよ。それじゃあ、今度はスキットおばあちゃんへの質問コーナーだ。誰か質問のある人!」
 ハイッ!ハイッ!と、蜂の巣をつついたように手を上げる子供たちの中から、一人の子供が指名されて、スキットに質問を浴びせた。
「えーとぉ、スキットおばあちゃんはぁ、小さい頃、何になりたかったのですか」
 レポーターは、ニコニコと笑顔を振り撒きながら、スキットの方にマイクを向けた。
 しかし、スキットはその質問に答えることは出来なかった。
 なんてったってアイドルなんて、くやしくて口が裂けても言えない。

 

BACK  目 次  NEXT

トップに戻る