初めてのクリスマス

 

     1

 その男は、年の瀬の繁華街の裏路地を、人目を避けるようにして徘徊していた。 表通りは、イブの夜に相応しい賑わいに包まれているが、男は人々の楽しそうなざわめきを背にして、コソコソと何かを探している。
 ぼろぼろの、服というより布切れに近いものをまとい、皮膚が真っ黒に見えるのは、けっして日焼けなどではなく、何日も風呂に入っていない証拠であろう。
 男が昨日まで寝ぐらにしていた廃屋は、今朝早くから取り壊しの工事が入り、追い出されてしまった。
 日が落ちてから、ちらほらと舞い始めた白い物が、今では木々の梢にうっすらと積もるほどになってきていて、街を行く人々を、いやがうえにも盛り上げているが、その男にとって、雪は、自らの最期を飾る白装束以外の何物でもない。
 どうして俺だけが、こんな目にあわなくてはいけないのだ。
 早く、新しい寝ぐらを見つけなければ。
 せめて今夜をしのげる、何かを見つけなければ。
 表通りからあふれ出てくる、耳障りなジングル・ベルの響きは、男の苛立ちを必要以上に掻き立てる物でしかなかった・・・

 

     2

 とある裕福な家庭の子供部屋。
 大きなベッドに寝ているのは、5歳ぐらいの男の子。
 枕元には、その子が寝入ってから父親か母親が置いたのであろう、綺麗に包装されたプレゼントがあった。
 ぐっすりと寝ていた男の子だったが、なにやら人の気配がして、目が覚めた。
 ベッドの脇には、顔の下半分に真っ白な髭を生やしたおじいさんが立っている。
 どこから入ってきたのかは解からないが、どこから見てもサンタクロースにしか見えない。
 いつもは寝ぼすけの坊やだったが、このときは何故か、はっきりと意識を取り戻していた。
「おじいさん、サンタさん?」
 言葉もはっきりとしていて、不思議と怖がることもなく、男の子は老人に尋ねた。
「そうだよ、坊や」
 ゆっくりとした口調のサンタクロースは、ふさふさとしたあご髭を片手で撫でながら、優しく微笑んでいる。
 男の子は、生まれて初めて見るサンタクロースに少し興奮して、早口で問い掛けた。
「サンタさんって、プレゼントをくれるんでしょ」
「そうだよ、坊や。でも、坊やはもう、プレゼントをもらっているね」
 サンタクロースの言葉で、男の子は枕元のプレゼントに気が付くと、あわててその包みを自分の後ろに隠した。そして、上目遣いに、もう一度、
「でも、サンタさんって、プレゼントをくれるんでしょ?」
 と、サンタクロースに言った。
 その、とても子供らしい姿に、サンタクロースは一層の微笑を浮かべながら、大きくうなずいた。
「ああ、あげるとも。だけどねえ、かわいい坊や。私があげるプレゼントは、形のあるものじゃあないんだよ。形のないプレゼントを、みんなに分けてあげるんだよ」
「カタチのないもの?」
 男の子には、その話は難しかったらしく、ちょっと首を傾けて、サンタクロースを見つめている。サンタクロースに、男の子の仕草の意味がわからない筈がない。
「そうだねえ、坊や。なにか、願い事はないかい。何かが欲しいっていうのじゃなくて、こうなったら良いなあっていうことは」
 男の子は腕を組み、傾けた首を更に深く傾けて考えるふりをしてみたが、すぐに口を開いた。
「じゃあねえ、世界中の人が幸せになりますように、っていうのはだめ?」
 男の子の言葉に、サンタクロースは目を丸くして驚いた。まさか、こんな坊やの口から、そんな願い事が出ようとは。サンタクロースのビックリした顔は、一瞬の後には元の笑顔に戻りかけたが、すぐに困った顔になった。
「世界中の人をねえ。そうだねえ、とっても良いお願いなんだが、坊や。残念だけど、私にはそこまでの力は無いんだよ。せめて、今夜ひと晩だけなら、何とかできるかもしれないけれど・・・」
 申し訳なさそうに言う、サンタクロースを横目に、また男の子は考え込んでしまった。
「うーん、今夜ひと晩だけかあ」
 その男の子が、その願い事を言ったのには、別に深い意味はなかった。寝る前に観ていたテレビの番組で、最後に司会者が、
「それでは、世界中の人々の幸せを願って、さようならー」
と、言っていたのを憶えていただけなのだ。
「仕方がないけど、それでもいいよ。今夜ひと晩だけでも・・・」
 いかにも、しぶしぶと承知した、という男の子のその態度は、普段、よく大人が見せる姿を真似しているに過ぎない。
「ごめんね、優しくて賢い坊や。私に出来る、精一杯のことをしてみるよ。でも、坊や。今夜のその気持ちを、ずっと忘れないでいておくれよ。お願いだから・・・」
 満面の笑みを浮かべながら話す、サンタクロースの言葉を、男の子は最後まで聞き取れただろうか。いつの間にか、男の子はまた、夢の世界へと引き込まれて行った。
 そして、夢とも現実ともわからない、イブの夜の出来事は、坊やをひと晩以上、幸せな気持ちでいさせてくれた。

 

     3

 夜も更けて、人通りのまばらになった繁華街の裏路地。
 ちょうど、ビルとビルの隙間の、雪のかからない一角で、その男はすばらしい物を見つけた。
 たくさんの、ダンボールと新聞紙。
 それを器用に組み立てると、とても素敵なベッドが出来あがった。
 もぞもぞとダンボールのベッドに入りこむと、一日中動き回って疲れ切っていたその男は、すぐに深い眠りへと落ちていった。
 ポカポカと暖かい新聞紙のふとんの中で、男は、生まれて初めてサンタクロースの夢を見た。

 

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