転  職

 

「ポーン。お待たせ致しました。12番のカードをお持ちの方、25番の窓口にお越し下さい」

 機械の音声がフロア―に流れると、その男はゆっくりと立ち上がり、窓口に向かった。

 年の頃なら70歳前後。若い頃はかなり体格が良かったのだろうが、さすがに寄る年なみには勝てず、肥満体まであと少しという体つきである。

 くしゃくしゃの頭髪は、雪のように真っ白になっていて、てっぺんが禿げかかっている。

 しかし、頬から顎にかけては、今日のために奇麗にしてきたのであろう青々とした髭剃り後が、しわだらけの皮膚にしてはまぶしく輝いていた。

 男は窓口に着くと椅子に腰掛けて、前に座っている担当官に書類を渡した。

 ここは、公共職業安定所。一般に職安とか、最近ではハローワークなどと呼ばれていて、離職中の人に就職を斡旋する役所である。

 担当官は一通り書類に目を通すと質問を始めた。

「お名前は、黒須三太さん。読み方は“くろす・さんた”でよろしいですね。年齢は65歳」

「はいそうです」

 なんとなく重厚さを含む声で、男は返事をした。

 担当官はその声に少し圧倒されかかったが、気にせずに質問を続けた。

「前職は・・・え?なんですかこれ?サンタクロース?」

「はいそうです」

「あなたね、ふざけてはいけませんよ」

「いえ、私は至って真面目です。本当にサンタクロースだったのです」

「馬鹿な!前職がサンタクロースで名前が黒須三太ですか。そんな冗談はここでは通用しません。ちゃんとした書類を書いて出直してください」

 担当官は、黒須と名乗る男の書類をひとまとめにすると荒々しくつき返した。

 黒須は困惑した表情になったが、

「ちょっと待ってください。もう一度書類を確認してください。区役所の印鑑が押してありますから」

と、食い下がった。

 不承不承ながら、担当官はパラパラと書類を見た。その中の一枚に「この人はどうやら本当にサンタクロースのようです」と言った意味の書かれた書類があり、しっかりと区役所の印鑑も押されていた。

「まさかそんな・・・だいいち、どうしてサンタクロースが転職なんかするんですか。ずっとサンタクロースをしていればいいじゃないですか」

「いやそれが、お恥ずかしい話しですが、サンタ業界の方でも昨今の長期に渡る不景気と少子化の波は避けられない問題となっておりまして、年老いたものから順番にリストラが始まっておるのです」

「え?サンタさんって何人もいるんですか?」

「そりゃ、当たり前じゃないですか。一人で世界中を一晩に回れるものじゃありませんよ。各国、各地区を分担してプレゼントを配って回るんです」

「へー、それは知らなかったですね。でも、年老いたものからって言っても、みんな同じような年齢じゃないんですか?」

「ええ、見た目はね。しかし、みんな生まれは違いますよ。そもそも、最初はサンタは一人だったんです。神様がお造りになられたのは。でも人間の数が増えるにしたがって、一人増やし二人増やししていって、今では約2万人のサンタクロースがいます。私の正式な名前は、セント・サンタクロース87です。87番目に造られたサンタクロースで、本当の年齢は(ここだけの話し)1844歳なんです。この年齢は、区役所でも受け付けてもらえませんでした。なんでもコンピューターに入力出来ないそうで・・・」

「なんだか本当に信じてしまいそうになってきましたよ。区役所の人もよく信用してくれたもんですね」

「そうなんです。住民票を頂くのに一週間通って、朝から晩まで説明して・・・いろいろな窓口にタライ回しにされて、何度同じことを話させられた事か・・・最後は区長さんまで出て来られました。私たちは職業がら「怒り」の感情を持ち合わせておりませんので大丈夫でしたが、これが普通の人間なら「キレて」いたことでしょうね。最終的に住民票が無ければ住民税が取れないということで納得していただいたようです。ただ、最初に応対していただいた方が本当に信用してくれたようで、最後にそっと先ほどの書類を作ってくれたのです」

「なるほど、だいたいの事情は解りました。住民票もあることですし、問題は前職がサンタクロースだったということだけで・・・いや、待てよ。それじゃあ今までは雇用保険料の払い込みもされていないのですね?」

「はい、そうなんです。ですから失業保険を頂こうとは思っておりません。ただ、就職先を見つけたいだけなんです。今までは、就職情報誌や新聞折り込みチラシなどを見て面接にも行きましたが、やはり高齢者で手に職が無いことで、どこも断られましたので・・・」

「そうですか・・・高齢者の再就職は、この職安でもなかなか難しいものがありますけれど。じゃあ真剣に考えてみましょうか」

「よろしくお願いします」

「では、前職がサンタクロースって言うのは再就職のときに手間取ってしまうことになるでしょうから、ここは『配達業』にしておきますね。で、たとえばなにか得意なことはありますか?パソコンが使えるとか」

「いえ、なにぶん前職が前職なものですから。それに生まれてこのかた、サンタクロース以外の職業に就いたことがありませんので・・・」

「じゃあ本当に配達業務はどうですか?宅配便などなら荷物もそんなに大きくないですし、今までの経験が生かせますよ」

「でも地上での配達は車になりますでしょう。私、運転免許を持っていないんです。トナカイのソリでしたら扱えるのですが」

「免許が無いのは痛いですね。かなり業種が限られてきます。接客業はどうですか?デパートやコンビニの店員・・・え?商品の説明が出来ないし、レジも打てない。それなら配り慣れているでしょうからおもちゃ屋さんは?最近はやりのゲーム機が苦手ですか・・・」

「警備員も考えましたが「怒り」の感情が無いので泥棒や侵入者がいても捕まえることが出来ないのです」

「本当に難しいですね。製造業もこの年齢の人は、ほとんど雇ってもらえませんし・・・あなたの声は威厳のある声をされていますから、声優なんかも良いでしょうが、やはり門戸が狭いでしょうしね・・・うーん、他に何か得意なことはありませんか?」

「どこからともなく家の中に侵入することはできますが・・・」

「あなた、それじゃあ泥棒じゃないですか」

「そういう職業に就いた者もいました。ですが我々も神の使いですので、悪い事をすれば途端に存在を消されてしまうのです」

「存在を消される・・・それは死ぬ・・・いや、まあいいでしょう。どのみち、ここで泥棒の斡旋をするわけにもいきませんし。しかし、困ったなあ」

「なんとか良い知恵を出して頂けませんでしょうか?」

「そうおっしゃられてもねえ・・・サンタクロースなんて誰でも知ってるのに、なんにも出来ない人だなんて・・・知名度が高くて、風貌や声に貫禄があって、なんにも出来ない人・・・そうだ。あなた、政治家でもやってみますか?」

 数年後、黒須三太は政治家になったが、すぐに行方不明になった。

 どうやら、神様に存在を消されてしまったようである。

 

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