「顔から火が出る・・・」

 それは、数年前のことでした。

 親父が倒れて入院したと、母から電話で聞かされました。

 特に今すぐどうこうというのではない、とのことでしたので、仕事の都合もあり、2・3日してから私は病院に行ってみました。

 親父は、少し顔色は悪かったのですが、別段どこかが痛いというわけでもなく、本人はすぐにでも退院すると言えるぐらいに元気に見えました。

 そのあと実家に寄って、母と話をしたのですが、親父は何も言いませんでしたが、どうやら以前にも何度か寝込むことがあったと、田舎の親戚が言っていたそうです。

 私の親父は、定年退職後、田舎に小さな家を建てました。普段は大阪の実家の方に居るのですが、月に一度、1週間ぐらいを田舎の家で過ごすのが親父のささやかな道楽でした。

 その田舎の家に居るときに、何度か寝込んでいるのを、近くに住む親戚の人に見られていたそうです。

 そして、大阪の実家の方でも、母が出先から帰って来ると、布団を敷いて寝ていたことが何度かあったそうです。

 そういう話は、それまで私は一度も聞いていませんでした。

 病院の先生も、今のところ原因は解からないとのことです。ただ、症状は貧血のようだと言っていたと、母から聞かされました。

 検査の結果は、1週間後に出るとの事でしたので、その頃に母に電話を入れました。しかし、まだ検査結果は出ていませんでした。

 当時、医薬品業界にいた私でしたので、ある程度、病気のことは解かります。
 貧血のような症状があると聞いて、まず第一に疑ったのは、白血病でした。
 ですから、白血球の数を先生に聞いておくように母に言うと、それについては正常だったと、既に母は先生から聞いていたようです。

 とすると、私の拙い医療知識では、原因は解かりません。とにかく、もうしばらく待つことにしました。

 それから、1週間待っても10日待っても、母から連絡はありませんでした。

 仕方無しに、私はまた実家に電話を入れました。すると母は、

「どうしたん?」

と、やけにあっさりしています。

「どうしたもこうしたも、親父はどうなったんや」

「ああ、それな。もう、おかしいておかしいて・・・」

 電話の向こうで、母はゲタゲタと笑っています。

「あのな、病院の先生が検査結果が出た言うから行ってみたんや。ほんなら先生、なんや深刻な顔して腕組してはるから、こらどうもだいぶ悪いんちゃうかと思て、こっちも深刻な顔してたんや。そんで、先生が言いはるにはな、どうも原因が解からんて。いろんな検査結果も、別に取りたてて悪いところは無い言うねん。しゃーないから、わたしも深刻ぶって、いったいどういうことですか?言うて聞いてみたんや」

 母の話は、いつも前置きが長いんです。私もイライラしながら我慢して聞いていましたが、

「ほんで、なんやったんや!」

と、お定まりの突っ込みを入れてしまいました。母は、待ってましたとばかりに落ちに持って行きます。

「いや、ほんならな、先生、栄養失調ちゃうかて言わはんねんがな。ほんで、わたしに、お宅ではいつもどんなもん食べてはんのですか?って聞きはんねん。もう、わたし恥ずかしいて恥ずかしいて、顔から火ィ吹きそうやったわ。ギャハハハハ・・・」

 私は、「こんな母親持った、こっちが恥ずかしいわ」という言葉を飲みこんで、電話を置きました。

 

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